美しい高齢者施設をつくる 第16回「施設計画ではコンセプトが重要」
しばらくの間コラムをお休みさせていただいておりました。楽しみにされていた方々には大変申し訳ございませんでした。心機一転再開させていただきます。15回で「気配を伝える」をテーマとして予告しておりましたが、予定を変更して私の近作である認知症高齢者グループホーム「花物語こだいら」を紹介しながら施設計画におけるコンセプトの役割について説明いたします。高齢者施設への入居をお考えの方、建設をお考えの方の参考になれば幸いです。
○施設正面外観
【施設概要】
施設用途:サービス付高齢者向け住宅(2ユニット 定員18名)
所在地:東京都小平市
敷地面積:526㎡
建築面積:298㎡
延床面積:539㎡
構造・規模:木造 地上2階建
管理運営:株式会社日本アメニティライフ協会
施設運営HP:https://jala.co.jp/
補助金:小平市令和3年度地域密着型サービス整備 オーナー創設型
【コンセプト】
施設の計画では「コンセプト」がとても大切です。コンセプトとは日本語に訳すと「計画全体を貫く基本的な概念」となります。これは具体的な要求条件(部屋の広さや設備など)ではなく、あくまでその施設特有の概念を指しています。どうしても運営者側の「効率性・機能性」が優先され、エンドユーザー(入居利用者)の視点や土地を提供されたオーナーの視点が置き去りにされがちですが、住宅がそれぞれ住む人によって違うように高齢者施設でもその施設固有の地域性や歴史など施設特有の個性がコンセプトとして発揮されるべきで、その魅力こそが「選ばれる施設・入居したい施設」に繋がるものと考えています。
この施設では設計当初まず以下の3つのコンセプトを掲げました。
1.地域に愛された「銭湯」の面影を引き継ぐ。
2.自然の光や風を施設に取り込む工夫をする。
3. 壁面緑化によって緑の景観を作り出す。
以下に実際の完成写真や資料と合わせて具体的にどのようにコンセプトを実現したか説明します。
コンセプト1:地域に愛された「銭湯」の面影を引き継ぐ。
この敷地には元々地域に愛された社交場として銭湯「小平浴場」が建っていました。年月を重ねた黒っぽい外観が敷地周囲に歴史を重ねた独特の雰囲気を作り出し、正面に道を挟んで小学校の正門があることから銭湯が学校の目の前にある景色が長年児童にとっての「原風景」となっていました。そこで私は銭湯の役割であった児童と高齢者の世代間の穏やかな交流を継承した「開かれた施設」を体現させたいと考えました。
○取り壊し前の銭湯「小平浴場」のありし日の姿
銭湯が学校の目の前にある児童にとっての「原風景」。
○竣工後のグループホームの姿
大屋根の張り出しは以前敷地に建っていた銭湯の大屋根を引き継いだ開かれた印象をつくり、地域の新たな「原風景」になることを意図しています。また、黒っぽい外壁と木目調の軒裏の対比による外観によって優しい落ち着いた景観を作り出しています。2階の広いテラスからは正面の小学校の桜や児童の活動を見ることができます。高齢者施設の持つ閉じた雰囲気はここにはありません。
○2階リビング・ダイニング内部
写真右奥にアルコープ(天井の低い小部屋)が見えます。
○2階リビング・ダイニング内部
勾配天井によって手前の食堂(キッチンカウンター)からリビングに向かって天井が高くなっています。
大開口からは小学校の桜が見えます。
2階のリビング・ダイニング空間では大屋根の勾配形状がそのまま豊かな内部空間を創り出しています。リビングにはアルコープ(天井の低い小部屋)が付属しています。この種の施設では介護職員から視認しにくいこのようなスペースは敬遠されがちですが、入居者が自分で落ち着ける「居場所」を選択できることが必要だと考えています。
コンセプト2:自然の光や風を施設に取り込む工夫をする。
私たちはコロナ禍に採光や換気の重要性に身をもって体感しました。そして「必要最低限」であることは決して生活を豊かにしないことに気がつきました。この施設では大らかな屋根がそのまま内部に現れた豊かな空間とし、南北に開いた開口部から光と風を取り込むことで自然の恩恵を最大限に生活に取り込む断面形状としました。
○コンセプト断面図
(中央のトップライトは予算の関係で残念ながら取りやめとなりました。)
○個室内観:大きな窓から小学校が望めます。
通常この種の施設では高い腰壁のある窓が多いのですが、独房みたいで私は勧めできません。ここでは床から天井付近まで高さがある大きな窓とし、外部の「縁側」を設けて光と風を取り込むようにしています。職員の適切な見守りの上で個室から直接外に出ることもできるし、開放制限機能付きのサッシとすることで入居者が勝手に出ないようにすることもできます。
コンセプト3:壁面緑化によって緑の景観を作り出す。
一般的には背の低い植え込み植栽で満足する場合がありますが、私は高さのある緑化こそ良好な街並みの形成に必要であると考えます。ですが狭い敷地に場所をとって高価な大木を植えることはできません。そこでこの施設では「緑化スクリーン」を提案しています。金属網パネルを外部に設置してツル系植物を繁茂させる方法です。四季折々の変化が身近に感じられ、植栽で冷却された涼しい風を室内取り込みます。実がなる植物であれば収穫を楽しむこともできます。
○南側外観
竣工時の写真ですのでまだ植栽を植えていませんが、道路に面してフェンス部分にツツジとブルーベリーを植えています。
縦長の銀色のスクリーンはツル系植物のための登はん型の壁面緑化パネルです。
○完成パース
このようにツル系植物が外壁に繁茂する予定です。黒い外壁は緑が映えます。
いかがでしたでしょうか。このプロジェクトは一般的な木造2階建てのグループホームで、建材も通常の汎用品を使ったローコスト建築です。建築家が自由な発想を大胆に実現する余裕はありませんでしたが、3つのコンセプトに特化することで十分な魅力を作り出すことに成功しました。
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