美しい高齢者施設をつくる 第13回「 見守りの関係をつくる」

 今回から私が高齢者施設の設計で重視しているキーワードを毎回1つピックアップして解説してまいります。

今回は「見守りの関係をつくる」です。少々深いテーマですので、複数回に分けて解説してまいります。

◯江戸時代の長屋における「見守りの関係」

高齢者施設は介護や介助のサービス機能を持つ福祉施設ですが、その本質は人が集まって生活行為が行われる「集合住宅」です。
最近では高齢者の孤独死や孤立化が問題となっていますが、「向こう三軒両隣」「遠くの親戚よりも近くの他人」といった言葉が象徴するように、かつて歴史上有数の平和な時代とされる江戸時代の日本にはいわゆる地縁による支え合いが日常的に行われ、これは江戸時代の集合住宅「長屋」に広く見られた不文律でした。

「長屋」では大家さんを中心にした同じ住民どうしが一蓮托生の関係にあり、現代の世知辛い社会と違って人と人の垣根が低く近所づきあいも濃厚でした。また、壁も薄かったので隣の音が丸聞こえで気配が伝わり、住民同士も誰かが困っていればすぐ気づいて助け合うことは当たり前でした。大家は「店子となったからには子供も同然」という言葉通り親代わりとなって結婚の世話や困った住人に手を差し伸べました。このような社会では「孤独死」や「高齢者の孤独化」といった状況はむしろ難しかったと考えられています。

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    江戸時代の長屋

◯「見守りの関係」を喪失した現代社会の問題点

現代社会はとかく「プライバシー」が重視されます。集合住宅の廊下は薄暗く鉄扉が並び、隣に誰が住んでいるかもわからない状況です。戸建て住宅では高い塀や垣根で隔てられ、防犯の意識から道路側の開口は小さく、町内会などの活動も以前より敬遠されがちです。これでは気配が伝わることも無く、挨拶を交わす機会も稀です。このような個人主義に支配された社会では江戸時代の長屋のような「見守りの関係」は望めません。さらに集合住宅の外観は窓が無機質に並び、どこが「我が家」なのか判別も難しい状況です。これでは愛着も持てないでしょう。愛着が無ければ周囲に目も目が行き届かなくなります。

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◯「見守りの関係」を取り戻す

「人のことは放っておいてくれ、プライバシー重視。江戸時代に戻れないでしょ!」といったお叱りの声が聞こえてきそうですが、私はプライバシーを重視しつつ「見守りの関係」を現代社会に取り戻したいと考えました。
私は高齢者施設の設計に際して失われた見守りの関係を取り戻すべく「長屋」「町家」「路地裏コミュニティ」に学び、現代の建築として再構築するために以下の目標を掲げています。
「気配が伝わる空間をつくる。視覚的、聴覚的、嗅覚的、心理的に人や自然に触れあえる可能性を建築が用意する」
目標を掲げる上で注意した点は自然も気配の対象とした点です。これは気配の中に自然も取り込み、採光と通風、緑化といった環境への配慮も同時に達成することを意味しています。同時にこれは高齢者施設に限らず全ての建築に当てはまるテーマでもあります。
次回からは私が如何にして「見守りの関係」を実現してきたかを具体的に紹介してまいります。


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