高齢者施設を始めとする公共的施設の計画では「先進事例」などという美称を与えられた過去の施設に倣って計画する姿勢が重視されますが、過去にばかり向き合っていては昨今の激しい社会情勢や環境の変化に対応することができず問題解決の障害になってしまいます。また文化も停滞してしまいます。常識を疑うことは高齢者施設についても重要な視点なのです。
前回はユニットケアにおけるゾーニングについてお話をいたしましたが、今回はそんな「常識を疑う」姿勢から実現したサービス付き高齢者向け住宅「わかたけの杜」のゾーンニングについてお話しをいたします。
敷地は東京と横浜のベットタウンである横浜市青葉区こどもの国駅に程近く、敷地内西側に南北に続く「成瀬の尾根」の森と1970年代に開発された住宅街に挟まれた緑豊かな環境にあります。
◯これはゾーンニング図です。方位は図の右が北になります。
敷地(オレンジ色)は2棟の既存施設(特養と老健施設)に挟まれています。また西側の保存樹林と東側の住宅街の境界に位置しています。
地盤は弱く、東側(図中下側)の既存住宅街の住民からは保存樹林の景観を塞ぐような高層建物を建てないで欲しいとの要望もありました。地域の方々にとってこの緑は大切な景観なのです。
一方オーナー様にとっては左右の既存施設のサービスの連携が期待されるこの施設の事業性を考えて住戸数を確保したいと考えていました。
◯実際に完成した状況です。
住戸(中央)は比較的に低層で右側の住宅街から十分に森が望めます。必要住戸数も確保できました(66戸)
いかがでしょうか?
みなさんがこれまで見たサービス付き高齢者向け住宅とだいぶイメージが違うのではないでしょうか。
都心に近いベットタウンでありながら高層化せず、ローコストでつくり更に必要住戸数を確保するためにどうしたらいいか・・・・・?それが最大の問題でした。
◯通常都市部では敷地の値段が高くて狭いため容積を最大限に利用する必要性から高層のマンションアパートタイプでサービウ付き高齢者向け住宅を建設します。
しかし高齢者の孤立化やフロアーの多層化によって住民が互いに感じる「見る見られる関係」が希薄となります。戸建て住宅から転居した場合は地面(土)が遠い環境になります。
◯一方地方では土地が安くて広いので平家の戸建て住宅を隙間を開けて立てるので土が近く緑による四季折々の変化を感じながら生活ができます。また所在の確認も洗濯物や照明でなんとなく知ることもできます。
◯これまで建設されてきたサービス付き高齢者向け住宅はだいたい上記の2タイプに当てはまります。これはある意味「常識的な形」です。
しかし私はこの2タイプの「中間」に当たる郊外型高齢者向け住宅の新しいタイプができないかと模索し、様々な問題をクライアントと共に一つ一つ解決していきました。その結果導き出した形状は、木造2階建長屋(低層)として住戸数をローコストで確保し、高密度にならないように長屋を分棟化して光と風を取り込み、更に共用の食堂とラウンジ、エレベータを持つセンターハウスと橋(鉄橋)で連絡した「低層・分棟・連結」型の住戸配置です。
下図は2階の住戸配置を示したものですが、色(白、グレー、青、赤)が付いている部分が住戸でその間は「路地」と呼ぶ外部空間です。「路地」は2階では空中歩廊となります。単なる通路ではなく、ギザギザ雁行させて居場所や視点を作り出しています。
誰でも計画時は見慣れた形がまず頭に浮かびますしそれを前提に話を進めるでしょう。ですが、常に「常識を疑う」姿勢があればこのような施設の実現が可能になります。この姿勢は私たちデザイナーだけではなく、それを理解してソフト(運営面)でさらに発展させてくれるクライアント様の進歩的な視点がなければ到底実現できませんでした。
わかたけの杜は常に空室待ちの状況で100%の入居率です。また選んだ方からは「こんな施設見たことがない」という嬉しい言葉をいただいております。
このプロジェクトのコンセプトはゾーンニングにとどまらず、細かな部分まで及んでいます。そちらはまたの機会にご披露させていただきます。
次回からは建物自体の計画についてお話をしたいと思います。