美しい高齢者施設をつくる 第19回「サービス付き高齢者向け住宅をつくる 実施設計 住戸編」

第19回「サービス付き高齢者向け住宅をつくる 実施設計 住戸編」

 今回は前回に引き続き私の近作であるサービス付き高齢者向け住宅「戸神ホームズ」の実施設計住戸編を紹介いたします。

設計者の世界では実施設計とは「決定された基本設計に基づき、建築を実際に施工するための設計図書(設計図、仕様書、各種計算書、工事予算書など)を、作成する業務」のことを指します。これはとても専門的な内容ですので、今回紹介する記事は基本設計のコンセプトがどのように建物のデザインとして最終的に決定されたか、という視点でご覧いただければと思います。高齢者施設の入居をお考えの方、建設をお考えの方の参考になれば幸いです。

◯戸神ホームズ:正面全景

【メインコンセプト おさらい】
前前回(17回)のコラムで以下の3つのメインコンセプトを決定しました。

1.自然の恵みを感じる暮らし。
2.リゾートライフを楽しむ終の住処。
3.長く住める「可変性」をもった住戸
今回はコンセプトが住戸においてどのように具体化されたか説明いたします。

【自然の恵みが感じられるアプローチ】

◯上図は建物の入り口(中央下)から2階の各住戸までの動線(赤い線)を示しています。エントランスからラウンジ中央にある階段・エレベーターを使って2階に上がり、左右のウイングに動線が分かれます。その後中庭に面した屋外廊下に出て南側の住戸(図中下側)に至ります。一方北側(図中上側)の住戸へは中庭上のブリッジ(橋)を渡ってアプローチします。

お気づきのことと思いますが、この施設はリゾートホテルに見られるような共用部がある屋内から屋外の廊下に出て各住戸に至る動線になっています。一見すると不親切であるように思われますが、テーマである「自然の恵みを感じる暮らし」を実現するために、あえて中庭の自然や風を感じてから各住戸に至る動線としました。このことで各住戸は南北からの採光と通風風が得られ、入居者は集合住宅でありながら「戸建て」感覚で暮らすことができます。

屋外廊下:南側住戸玄関(右側)から北側住戸に連絡するブリッジ(橋)
1階から見た北側住戸への連絡ブリッジ(橋)。

左右に見えるのは2階北側住戸専用バルコニーの目隠し木ルーバー

【住戸の可変性と選択性】
私は「高齢者向け住宅」という言葉が嫌いです。住居プランは高齢者だけではなく一般の方のニーズに答えるべきであると考えているからです。つまり居住者の高齢化に伴って一般住宅がそのまま高齢者住宅に「自然に移行」することが理想なのです。ここでは「住戸の可変性と選択性」をテーマとして追求しています。このアイデアは2014年に竣工し、グッドデザイン金賞を受賞したサービス付き高齢者向け住宅「若竹の杜」で採用した可変型プランを進化させたものです。「若竹の杜」については以前第6回コラムで取り上げていますのでそちらもご覧ください。

◯南側住戸

ト時型に配置された可動間仕切りと収納で自由な部屋割りが可能。
車椅子で出られる内外の段差の無い広いテラスと浴室の開放的な窓がリゾートな雰囲気を高めている。

◯南側住戸バルコニー:木ルーバー(スライド式)、浴室の窓が見える
◯南側住戸:可動間仕切り開放時
◯南側住戸:可動間仕切り寝室側閉鎖時
◯南側住戸:寝室側 中央が移動可能な収納

◯北側住戸

ト時型に配置された可動間仕切りと可動収納で自由な部屋割りが可能。
北側の森の緑を大開口で取り込み、南側は視線を遮る木ルーバーを持つテラスに開いている。中庭に架け渡されたブリッジ(橋)を渡ってアプローチする。

◯北側住戸:可動間仕切り開放時
◯北側側住戸:可動間仕切り寝室側、リビング中央閉鎖時
◯北側住戸アプローチブリッジ(橋)とバルコニー

【住戸の可変パターン】
高齢者住宅は夫婦、兄弟、親子、友人、独居など入居者の家族形態は様々であり、また短い期間での要介護化への移行やパートナーが亡くなった際の独居化など、生活形態の大きな変化が起こります。そこで長く安心して住んでいただくためにADL「日常生活動作」が低下してもQOL「生活の質」が低下を招ねかずに済むように住戸に「可変性」を与えました。

以下に南北住戸の可変パターンの例をいくつか紹介します。これはほんの一例で、入居者の希望に合わせた多くのパターンがあり得ると思います。可動間仕切り(赤い線で表示)を寝室とLDKの中央に設け、可動家具(クローゼット、赤い線で表示)を移動することで、ワンルーム・1LDK、2LDKなど様々な選択が可能です。
重要なことはトイレとベットを近付けるなど介護度に合わせてどこでも寝室にすることができることです。
部屋面積は50㎡(内法専有寸法)を確保しています。

(南側住戸の可変プラン例)

(北側住戸の可変プラン例)

いかがでしたでしょうか。
南北の住戸は方位や玄関の位置が違いますが、基本的に同じ可変性を実現しています。私はこうしたプランの可変性は高齢者住宅に限らず一般的な集合住宅こそ終の住処として実現させるべきものと考えております。
以上で今回の説明を終わります。外壁や模型も紹介する予告でしたが、長くなりますので次回「実施設計 模型・パース編」として、この施設で制作した模型やパースをご紹介します。